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お気楽主婦はるひがつれづれに書く映画レヴューや書評です。
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今は亡きらもさんへ、旨い酒と言祝ぎを。
「ガダラの豚」書影。

「ガダラの豚」【amazon】


 中島らもが亡くなってから、すでに3週間以上経つ。
 酔っぱらって階段から落ちた怪我が死因へとつながった、ときかされたときは、なんて意表をついた死に方だと落胆するより前に、半ば呆れて顎が下がった。そして、もうこの世にはいないんだなあという寂しさが、上質のアイラモルトを飲ったときのようにじわじわと胸の奥に広がった。
 享年五二歳。
 伝え聞くことには、アルコール依存症患者の平均寿命は、五二歳であるらしい。なんともらもさんにふさわしい符牒ではないか。五二歳で亡くなった有名人をざっと検索してみたら、横山やすし、美空ひばり、野口英世、古いところではナポレオンなどがいる。皆「天才」とうたわれる人物ばかりだ。この錚々たるメンツに、らもさんが加わるのも悪くない。


 新約聖書「マタイによる福音書第8章28〜32」よりタイトルを取材した「ガダラの豚」であるが、クリスチャンでもなければ聖書フリークでもない私には、ここに描かれているイエスと豚に入り込んで湖の藻屑と消えた悪霊との関係が、よくわからない。マタイによる福音書第8を読んでみれば、重病人を癒したり嵐を鎮めたりといったイエスの奇跡をつづっているが、聖書における豚は、
この世の富だけを愛し、霊的な富を愛さない人々、すなわち、聖言からの善や真理の知識を愛さない人々を指す。また、地獄の姦淫に見られるようなみだらな愛を指すこともある。

らしい。悪霊は悪霊らしい最期を遂げたということなのか、「往生せえや!」@パトレイバー太田みたくイエスから引導を渡されて、心安らかに昇天したということなのか。
 この小説の中で語られる、宗教家や呪術師、マジシャンやエセ超能力者といった「有益、無益を問わずなにがしかの能力を持つ者たち」の生き様や末路を、ガダラの豚と称した中島らものセンスこそが、超能力だと思ってしまう。

 本書は、オウム真理教や統一教会などの新興宗教、ユリ・ゲラーのスプーン曲げやミスターマリックの超マジックなどを興味本位で取り上げるTVといった、日本に蔓延る胡散臭いものを痛烈に相対化かつパロディ化して描写する第一部、アフリカ・ケニアの奥地で日常生活に欠くことのできない「呪術」と、「ブッシュマン」に象徴されるようなステレオタイプのアフリカ観を見事に暴いてみせる第二部、兎にも角にも「どんだけ人が死ぬねん、それも惨い死に方で」とうんざりしながらも一気に読ませてしまう第三部に分かれているが、それぞれが独立した読み物として成立しているのがまずすごい。そして、莫大な情報量が詰め込まれているにも関わらず、何の引っかかりもなくするすると読み進んでしまえる、らもさんの筆力に圧倒されっぱなしである。
 第一部で、主人公のアル中教授大生部の妻がころりと騙された新興宗教の教祖が、中途半端な伏線を張ったままで放置プレイをかまされていることや、主人公たちが様々な危機を乗り越える課程が少々ご都合にすぎるきらいはあるものの、それを補ってあまりあるエンターテインメント性がここぞとばかりに漲っている。そして、当然のことながらアル中教授の言動や行動の描写が秀逸であり、また、へっぽこキャラなのかと思わせておいて実は……という持っていき方も巧い。

 呪詛、呪いについて、特に体系的なことは専門家の意見を拝聴するにかぎるが、私たちが日常生活を送るうえで「言霊信仰」とまではいかなくても、口汚い罵りの言葉を相手に吐きかけてしまったり、負の感情ばかりを裡に貯め込んでいると身体に異常をきたしてしまう、なんてことがよく見受けられる。「呪い」は、人間のとって最も原始的かつ基本的な感情の発露から生じる、「人を人たらしめているシステム」のひとつなのだ。
 そんな「呪い」を「読む娯楽」へと収斂させた中島らもに、「呪い」と対になる「言祝ぎ」を送ろう。

 らもさん、素敵な物語を紡いでくれてありがとう、と。
| つれづれ本読み。 | 18:38 | comments(8) | trackbacks(1) |
死神すらその全貌を知らない「デスノート」



「デスノート」(1)【amazon】【bk1】【なま楽】


 7月になってしまった。
 7月にはたしか「王の帰還」のDVD【amazon】「マスター・アンド・コマンダー」のDVD【amazon】が発売される。他にも何かあったような……とにかく、鋼の専業主婦を目指している私としては物入りで悩みどころの多い月だ。ちまちまと食玩を買うのをやめればいいのだが、「FULLMETAL ALCHEMISTトレーディングアーツ」も意地になって揃えてしまった。スカー以外は。
 それにしてもスカー……もうちょっと恰好よくつくってやれよ。これじゃ尼崎でUSJとヴェ○サーチのWネームのパチもんを売ってるチンピラだよ。

 で。
 何かと物入りな7月であるが、諸事情により急遽週末に北の方へ旅行することになった。あまりに行き当たりばったりで我ながら眩暈がする。旅先で如何ようにすごすかは、北の地のコンセルジュから有益な情報を得ているので心強いけれど、紙媒体からの情報も得ておこうということで、旅情報誌などを買いに本屋に出かけた。
 出かけた結果、案の定情報誌をほっぽらかして「デスノート」1〜2巻を買うという、衝動買いの銭失いをやってしまった。世間ではおもしろいと聞き及んでいることだし、まあいいかとひとり納得して帰宅すると、速攻で世帯主に見つかってしまい、没収の憂き目にあう。
「だって小畑画伯だから!」などと「容疑者は意味不明なことを口走っており、動機等について厳しく追及していく方針である」と女子アナに抑揚もなく読まれてしまいそうな(Livedoorの社長とゼミが一緒だったという東大出、フジの佐々木恭子アナがいいな)言いわけをしているオノレの姿を客観視しつつ、鋼の専業主婦の道は厳しいと思い知る。

 ここからようやく本題に入る。
 「デスノート」とは「名前を書かれた人間は、書かれた通りの死に方をする」という死神の商売道具のことだ。ごっついファンキーなヴィジュアル系死神リュークが、わざと人間界に落とした「デスノート」を、自他共に認める優等生「夜神月(やがみ・ライト)」が拾うことから、物語ははじまるのだが、2巻まで一気読みしてみて、その読後感たるや、小難しいミステリの謎解きを一所懸命しているような消耗ぶりである。ネームがびっしり多くて濃ゆいので、集中して読まないと展開についていけないのだ。
 そう。集中していないと置いてけぼりを食らうほどの物語は、人の生死を自在に操ることのできる人知を越えたツールを手に入れて「神」になろうとする少年と、安楽椅子探偵よろしく大人たちを顎でつかう(しかもジジイの執事付き! 執事萌えにはたまらん設定)少年「L」との、きわどい心理戦で進んでいく。頭が良いが性格が悪く、負けず嫌いな子ども同士のタイマンである。有り体に云えば「ゲーム感覚で人の生命を弄びやがってこのガキャ」っていう感じか。
 というか、「殺したい殺す死ね!」と強く心の中で思っても、いざここに殺したいやつの名を書け、書いたら確実に死ぬから、と云われて書いてしまえる人間は、すでに人知を超えている。わざと人間界にノートを落としたリュークの動機は「退屈だったから」、ライトが拾ったノートを使ってやろうと思った動機も「退屈だったから」だ。まったくふざけたバカヤロウだが、子ども同士刺しちがえて果てるのか、キラことライトは「人にいながらにして死神を超えた神」になるのかどうなのか、今後の展開を気になって仕方がない。

 翻って。
 物語の主軸はたしかに子どもの喧嘩であるが、「死神と人間」という立っている世界も価値観もまるでちがうイキモノが、「契約」の下に利害が一致している関係を今後どう膨らましていくかも見どころであると思う。死神リュークとライトのファースト・コンタクトとその後のやりとりを見ていて、「寄生獣」【amazon】のミギーと新一を思い出した。リュークがミギーほどの魅力的なキャラになっていくかどうかが牽引力となるにちがいない。あの、出目金ちゃんのような風貌はかわいいけれど、やっぱりあんた死神だよ……と戦慄させる面が随所に見られないと毒にも薬にもならないし、香辛料にすらならない。リンゴや「マリオゴルフ」が好きな死神ってだけじゃ困るし。かわいいけど。

 ジャンプの連載を追いかけていないので、今どんな展開になっているのかはわからないが、「名前が人を縛り、名前(テキスト)を書く(ノート)が人を殺す」物語の行く末を見届けてみたい。

 それにつけても、小畑健画伯はやっぱり巧いなー。画力自体がデスノートって感じだよ。


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「デスノート」って漫画のために書き下ろした話じゃないのか。そか。小説として出版されてるのかな。
| つれづれ本読み。 | 04:33 | comments(1) | trackbacks(2) |
「本当にあった怖い話」@私的怪奇譚


「新耳袋」【amazon】【なま楽】


 詳しくはよくわからないが、インターネットラジオってのをやっているサイト管理人がちょくちょくいるらしい。
 あまり天候のすぐれない15日土曜日の夕方、ふと思い立って「ねとらじ」へ行ってみた。現在進行形でだらだら話をつづけているサイトが結構あって、同じくだらだらと週末をすごしていた私にはぴったりかもしれんと思い、ひとつ聴いてみることに。UPされている放送タイトルを眺めていたら、ダントツにリスナ数が多いサイトがあった。「夕刊どらぷう」さんという絵日記サイトさんが、100万ヒットを記念してのイベントとしてラジオを流しているようだ。「メガヒットか、すごいなあ……」と感心しながらアクセスしてみると、サイト管理人であるどらさんと、「E?DIARY」のひろこさんという方が、だらだらトークを展開していた。よくよく聴いてみるとだらだらながらもネタの膨らませ方や話の引き出し方が巧い。とくに関西弁を駆使し、時折毒を吐きながらネタをばっさばっさと捌いていたひろこさんの手並みにはちょっと感じ入った。
 「ひろこ」という名前の女性をふたり程知っているが、頭の回転が良くて毒を吐きつつ仕事をばりばりこなすいい女だったりするので、「ひろこ」という名前だけで私的にはイケてるのだ。そうそう、ヒロコ・グレースもいいよね。ヒロコ、もぎたてフルーティ〜♪の頃から好きだよヒロコ。雑種の犬を飼っているところがまたステキだよヒロコー。
 で、このひろこさん、不思議体験がいくつかあるらしい。なんでも幼い頃に「電飾みたいにちかちかと光っていた小さなピエロ」「烏帽子姿の小さな男」を見たそうだ。幽霊の類いは見ないけれど、こういう「明らかに人間ではない小さきもの」を幼い頃よく見たと。これを聴いたときに思い出した。そうだよ。私も見たことがある。

 砂かけ婆を。

 あれは小学校へあがる前だったと思う。ひとりっ子で両親共働きだった私は鍵っ子としてひとりで家にいることが多く、その日も幼稚園から帰宅した私はひとりでおやつを食べながら見るとはなしに、台所から居間の方を眺めていた。すると、居間に置かれた洋服箪笥と桐箪笥の間から、なにやら白いものが出たり入ったりしているのが見えた。それは、漫画のふきだし(台詞が入るところ)のような形をしていて……そう、漫画的表現で熟睡している人間が膨らます鼻風船にも似ていた。それがまるで人の呼吸と等しいストロークで箪笥の隙間から出たり入ったりを繰り返していたのだ。
 よくよく見てみると、そのふきだしのような鼻風船のような奇っ怪なモノの中に何かが入っている。「なんやろう……」と好奇心旺盛なガキの私は懸命に目をこらしてみたらば、体長約40センチくらいのお婆さんが、ジャストサイズできっちりと収まっていたのだった。
 
どれくらいの時間だったか定かではないが、別段恐怖心を掻き立てられることもないまま、ふきだし鼻風船に収まっていたお婆さんをしばらく眺めていて、気がつくと何事もなかったようにお婆さんは消えていた。私は、箪笥に近寄って隙間を覗き込んでみたのだが、お婆さんの痕跡は何も見つからなかったし、お婆さんを見たのはそのとき一回こっきりだった。
 そのあと、お婆さんを見たことなぞすっかり忘れていたのだが、小学生となったある日、テレビでやっていた「ゲゲゲの鬼太郎」を見ていたときに「うわぁ!」と口から心臓が出そうになった。「私このお婆さん知ってる!」……私が見たふきだし入りのお婆さんは、砂かけ婆にそっくりだったのである。

 それ以来、水木しげるの描く妖怪たちは先生の創作ではない、絶対に実在するんだと信じて疑わない。

 で、そんな不思議体験が山ほどあるのかといえば、これきしのことしかない。幽霊亡霊地縛霊などはいっさい見たことがないし、霊感もからっきしだ。腐れ縁の友人たちと名古屋のHホテル(二度と泊まることはないだろう高級ホテル)や東京のTホテル(今は廃業して別のビルが建っている)に泊まったときは、怪現象が頻発してびびりまくったが、おそらくホテルのような非日常的な空間に、私と友人たちが集ってしょーもない話をしていると、なぜだか霊界通信のポートが開いてしまうのではないかと勝手に思っている。
 TVでよく俳優さんたちが自分の霊体験や不思議体験を語っているのを見て思うのだが、優れた役者であればあるほど、「役柄」という架空の人格にのめり込み、「自分」という日常(ケ)と「役柄」という非日常(ハレ)が入れ替わり立ち替わりしているうちに、「自分」でも「役柄」でもない人格的エアポケットが生じてしまい、この世ではない「私の知らない世界」へと通じてしまうのではないか、と。
 いずれにせよ、凡人である私には与り知らぬことではある。


 14年前に扶桑社から出た「新・耳・袋」を友人から借りて読んだときは、本当に驚いた。今まで自分がふれてきた怪談の類とはまったく一線を画す内容だったからだ。恨みつらみ祟りといったきわめて日本的でウェットな怖い話などではなく、ある日なんの前触れもなく現れる不条理、何の説明もフォローもなく淡々と事象だけが語られたあげくオチがまったくない。受け手の側の都合などいっさいおかまいなしだ。
 考えてみれば、恨まれているかもしれないと自覚のある相手から恨まれても、それは道理なので怖くもなんともない。怖いのは不条理。こちらの予想をはるかに超えて、いや予想だにしなかったことを想像を絶する形でこちらにぶつけてこられたときにこそ恐怖を感じる、少なくとも私はそうだ。

 もう10年も前のことなので、いい加減時効だろうと決心して書くが、当時つきあいのあった友人とつまらぬことから大喧嘩になり、「もうあんたとはやっとれんわ!」と絶交を云いわたした。なにぶん私も今よりは若かったので、人としてダメな部分がたくさんあったが、友人の私への過剰な依存と過剰な自尊心や自意識から来るネガティブな思考や発想にこれ以上耐えられなかったからだ。
 で、絶交をつきつけた翌日からA4サイズにして2、3枚、私に対する罵詈雑言や恨みつらみが病的なほど細かい字でびっしり書かれたFAXが毎日届いたのだ。夜半に会社から帰宅すると、FAXの受信口から舞妓のだらりの帯のようなFAXがびろーんと垂れ下がっている(古い機種なので感熱紙使用かつカッターが装備されていないため、枚数が多いとだらだらつながったまま長く垂れ下がるのだ)。内容は推して知るべし。脳天気がウリの私でもこのFAXだらりの帯攻撃には、ノイローゼに陥るかと戦々恐々だった。いや、精神的には相当キテいたと思う。
 そんな状態なのでしばらくFAXを不通にしたのだが、父の仕事の関係でFAXを受信できる状態にせねばならなくなり、やむなくFAXにモジュラージャックをつないだとたん、FAXがピー、ヒョロヒョロヒョロ〜と受信を開始した。「まさかな……」とおそるおそる受信した文面に目を通すと、

FAXぐらい送らせろ!!

 と楳図かずおもビックリなほどの汚い字で殴り書いてあったとさ。おまえずっとFAXの前にずっとおったんかい!! 送りつづけとったんかい!……いや、笑いごとちゃうから。今は笑いごとやねんけど、当時はほんまに怖かってんから。「私は人の心を読む能力があるので、浅はかなあなたの考えなどお見通しです」みたいなことが満載の電波文だよ。牧野修の小説やないねんから、そんなの毎日送られてきてごらんよ。急性胃炎にもなるってなもんよ。
 で、怖いのはこのあとさね。「FAXにはいっさい返信するな」という友人の助言もあって、送りつけられた怨念に対してリアクションをしなかったことがアダとなった。
 後日、このFAX魔と会うはめとなった。正確に云うと、やつが私の姿を見つけて近寄ってきたのだが、絶交前となんら変わらぬ態度でにこやかに話しかけてきたことに絶句した。やつは私がFAXの内容を理解し、私が悪かったと反省していると判断したのだ。返事、反論がないのは認めたということ。お得意の読心術を駆使して私の心を読み、反省しているのなら許してあ・げ・るとばかりに話しかけてきたのだ。そうとしか思えない。
 これには心底恐怖を感じた。胃の腑が、五臓六腑が凍えた、っていう感覚が一番近い。

 それ以来、恨みつらみで害をなす亡霊よりも、こちらの常識の斜め上をいく電波系女の不条理な行動の方がよっぱど怖い、と信じて疑わない。


 あの世とこの世の不条理を淡々と語る「新・耳・袋」が「新耳袋」と改訂されて、シリーズを重ねること早8冊目。キワモノジャンルだった「本当にあった怖い話」をエンターテインメント化した功績は大きい。なにより、「新耳袋」は人の怪奇譚と同じくらいの質量でもって「狐や狸に化かされた」話や「人ではない小さきモノ」を取材していることが魅力的だと思う。
 そして、「怪談」として最もすぐれているのは杉浦日向子の「百物語」【amazon】【なま楽】だと太鼓判を押す。このカシオミニを賭けてもいい。>漆原教授@動物のお医者さん【amazon】【なま楽】かおまえ。

 杉浦日向子が描く怪奇譚は創作ではない、彼女は江戸の町村で起こったことを時空を超えて「視ている」のだ、と信じて疑わない。
| つれづれ本読み。 | 00:49 | comments(0) | trackbacks(2) |
「ドールズ」と云えば、北野武ではなく高橋克彦である。


「ドールズ 闇から招く声」【amazon】【bk1】【なま楽】


 高橋克彦の「ドールズ」シリーズの最新刊「闇から招く声」が文庫化された。前作「闇から覗く顔」から10余年、ようやく出た続編であるからレビューのひとつでも書いておこうかとエディタを立ち上げてはみるものの、この「ドールズ」は、実にレビューを書きづらい。なぜかというと、主人公である人形師泉目吉がどんな人物かを書くだけで即ネタバレになってしまうからだ。
 文庫の帯には「希代の名キャラクター・泉目吉が対峙する連続猟奇殺人事件」とあるが、希代の名キャラクターとやらが、どれほどのものなのかと云うと、かなりおもしろいキャラ造形だと思うし、この特異なキャラクターのおかげで、かなりトンデモなミステリに分類されてしまうのだけれど、謎解きの手法や落としどころは、なんら問題はなく、むしろこの希代で特異なキャラクター泉目吉が探偵の役割を担っているからこそ、心にずっしりと訴えてくるものがあり、ときに涙すらしてしてしまうのである。「闇から覗く顔」での、折り紙作家とのやり取りなぞ、こみあげてくる涙で字面を追えなくなってしまうほどだった。

 ああ、云いたい。目吉センセイとはナニかを云うてしまいたい。

 とまあ、話の胆に触れることができぬまま、「闇から招く声」について語るわけだが……はっきり云うてがっかりした。なぜがっかりしたのかを云うてしまうと、ネタバレにつぐネタバレになってしまうので、云いたいけれど云えねえ云えねえ。目吉センセイの秘密に決着をつけるための手立てなのかもしれないが、こんな手札は出してほしくなかったなあ。犯人の造形もいまいちだし。高橋克彦の小説で一番好きなシリーズだったので、よけいに落胆度が高かったのかもしれない。

 ああ、云いたい。目吉先生がどんな粋で鯔背で猟奇なキャラなのかを言い放ってしまいたい。

「ドールズ」というタイトルで、なんとなくどんなキャラなのか見当がついて興味がわいたお客さん、ぜひ読んでみていただきたい。
| つれづれ本読み。 | 00:49 | comments(3) | trackbacks(0) |
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これは観出したら最後まで観てしまうほどおもしろいです。「ガンダムSEED」の福田監督節が炸裂してます。
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