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お気楽主婦はるひがつれづれに書く映画レヴューや書評です。
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ビバ!ゴーゴー夕張!!



 先程ようやく「キル・ビル Vol.1」【amazon】を観た。
 ……ゴーゴー夕張すげえ、すげえや。ほんま、牧野修の小説に出てくるキャラそのものだ(マキノさんご本人もそうおっしゃっている)。タランティーノってもしかしてマキノさんのこと好き?好きなのか? とあらぬ方向に思考がもたげてしまうほどとんでもないキャラ造形だ。キャラだけではない、ストーリーもぶっ飛んでてどこからツッコんだものか、いや純粋に楽しむべきだろう、この手の映画は、と何度も思い直した。いやいや、すごい。
 まともな感想文を書く気を殺がれることおびただしい映画とは、まさにこの映画である。


 JUGEMでブログをはじめてから4ヶ月が経とうとしている。真面目に更新をしていないので、エントリ数と質はショボイものだが、それなりにつづけていると、テンプレートの模様替えをしたくなってくる。
 幸い、JUGEMはセンスの良いテンプレートが多いので(JUGEMを選んだのはこの点が大きい)、気軽に替えられる。今のデザインは「pict」のヘッダ画像を自分で撮った綾波の写真に置き換えただけのもの。自分でCSSをいじってつくったものではない。だが、綾波の写真自体はすごく気に入っているし、アイキャッチとしても有効だと思うので、心底これに飽きるまでいじらないでおくか、と思ったりもする。

 けれど、「TEMPLATER 同盟」にアップされているテンプレート群を見てしまったら、模様替えしたい病がうずいてしまう。とくに、MKDNさんの「艶足」は和のテイストが品良くまとまっていてすばらしい。ああ、替えたいな。どないしょうかなあ。
 あと、期間限定の映画テンプレートもおもしろい。興味のある映画のものだったら(「LOVERS」とか)、ちょっと使ってみようかなという気にさせる。


 JUGEMについて今のところ不満なのは、絵文字。管理画面でエントリを編集するたびにDLするので、時間がかかってしょうがない。ぶっちゃけ鬱陶しい。とくに激重の深夜時間帯だと最悪である。絵文字ってみんな使ってるのか? 携帯じゃあるまいし。少なくとも私は要らない、必要ないよ。
| つれづれ映画鑑み。 | 18:15 | comments(78) | trackbacks(2) |
「どこで生きようがこの世は囹圄。生まれながらに捕らわれの身だからこそ、この世の中をきれいにしたい。」



 「わたしのグランパ」【amazon】


珠子が「囹圄」という文字を見たのは八歳の時で、その時はまだ祖母が家にいた。
「父は囹圄の人であり」という文章は父の日記の中にあった。


 筒井康隆の原作【amazon】は、この一文からはじまる。「囹圄」(れいぎょ、もしくはれいご)とは、「ひとや。罪人を入れておく場所。牢獄。」……つまり、祖父である謙三(通称ゴダケン)は刑務所に服役していて、まだ見ぬムショ帰りの祖父とは、いったいどんな人なんだろうか、と気もそぞろな珠子。ジュブナイル小説ともいうべき筒井康隆の簡潔でいて饒舌な文体は、ゴダケンと珠子の間に生まれる友情にも似た愛情を感じさせながら、するすると読み進んでしまえる。
 しかし、映画は過去に思いを馳せる珠子のモノローグではじまっている。ムショ帰りの祖父、グランパはすでに過去の人なのだ。

 「鉄道員(ぽっぽや)」【amazon】が、高倉健のための映画であるように、この「わたしのグランパ」は、菅原文太のための映画である。「仁義なき戦い」等のヤクザ映画で一世を風靡した菅原文太が、ムショ帰りだといえ孫から「グランパ」と呼ばれるような役を演じるとは。「千と千尋の神隠し」【amazon】での釜爺もジジイだが、声はたしかに文太兄ィながらも、姿形は釜爺だから、それに人間じゃないし……ま、結局ジジイを演じていることには変わりないか。
 しかし、映画を観るうちに、そんな杞憂は吹き飛んだ。「俺の親友の飛鳥を殺したのはキサマか!」@快傑ズバット(このDVDBOX欲しいなあ)を彷彿させるような、立ち退きのいざこざで親友を殺しやがったヤクザの組事務所にひとりでカチコミかけるゴダケングランパは、震えがくるほどに菅原文太兄ィだった。まだまだ現役だ、文句なしに恰好いい。
 こんな姿を見ると、「天切り松闇がたり」【amazon】の仕立て屋銀次は、文太兄ィに演ってほしいなあ、としみじみ思う。いっそのこと映画化しませんか、天切り松を。もちろん、松は中村勘九郎、あとのキャストは要相談。どこかの映画会社の方、よろしくお願いしますよ。

 ゴダケングランパは、珠子にちょっかいかける中学生のガキどもに拳骨くれて説教したり、昔カチコミかけたヤクザたちと睨みあったりするコワいだけの男ではない。仲間うちで開いたニューイヤーパーティでは、スタンダードジャズ「Hush-A-Bye」を見事に歌い上げる。きっと、文太兄ィスキスキーな映画スタッフたちは、ピアノの伴奏とともに響く渋く歌声に、セットの影で噎び泣いていたのだろう。それくらい恰好いい。
 もうひとつの見どころは、亡き親友の息子でジャズバーの店長兼バーテンダー慎一役の浅野忠信と、文太兄ィの共演である。ゴダケンを全幅の信頼をおいている慎一の言動やちょっとした目線が、かなり萌え度高し。ライフルの名手というところがさらに萌え度アップである。

 正直なところ、他愛のない映画なので、文太兄ィ萌えがなければ、退屈かもしれない。あ、最後になったが、ヒロイン珠子役は、「てるてる家族」の石原さとみだ。「おまえの爺ちゃんムショ帰り〜」とばかりに、いじめを仕掛けてくる同級生にブチ切れて凄むシーンは、「あのゴダケンの孫」という感じがよく出ていてよかったのではないかと思う。

 まあとにかく、文太兄ィありきの映画ですから、ここはひとつ。
| つれづれ映画鑑み。 | 17:26 | comments(52) | trackbacks(0) |
今は亡きらもさんへ、旨い酒と言祝ぎを。
「ガダラの豚」書影。

「ガダラの豚」【amazon】


 中島らもが亡くなってから、すでに3週間以上経つ。
 酔っぱらって階段から落ちた怪我が死因へとつながった、ときかされたときは、なんて意表をついた死に方だと落胆するより前に、半ば呆れて顎が下がった。そして、もうこの世にはいないんだなあという寂しさが、上質のアイラモルトを飲ったときのようにじわじわと胸の奥に広がった。
 享年五二歳。
 伝え聞くことには、アルコール依存症患者の平均寿命は、五二歳であるらしい。なんともらもさんにふさわしい符牒ではないか。五二歳で亡くなった有名人をざっと検索してみたら、横山やすし、美空ひばり、野口英世、古いところではナポレオンなどがいる。皆「天才」とうたわれる人物ばかりだ。この錚々たるメンツに、らもさんが加わるのも悪くない。


 新約聖書「マタイによる福音書第8章28〜32」よりタイトルを取材した「ガダラの豚」であるが、クリスチャンでもなければ聖書フリークでもない私には、ここに描かれているイエスと豚に入り込んで湖の藻屑と消えた悪霊との関係が、よくわからない。マタイによる福音書第8を読んでみれば、重病人を癒したり嵐を鎮めたりといったイエスの奇跡をつづっているが、聖書における豚は、
この世の富だけを愛し、霊的な富を愛さない人々、すなわち、聖言からの善や真理の知識を愛さない人々を指す。また、地獄の姦淫に見られるようなみだらな愛を指すこともある。

らしい。悪霊は悪霊らしい最期を遂げたということなのか、「往生せえや!」@パトレイバー太田みたくイエスから引導を渡されて、心安らかに昇天したということなのか。
 この小説の中で語られる、宗教家や呪術師、マジシャンやエセ超能力者といった「有益、無益を問わずなにがしかの能力を持つ者たち」の生き様や末路を、ガダラの豚と称した中島らものセンスこそが、超能力だと思ってしまう。

 本書は、オウム真理教や統一教会などの新興宗教、ユリ・ゲラーのスプーン曲げやミスターマリックの超マジックなどを興味本位で取り上げるTVといった、日本に蔓延る胡散臭いものを痛烈に相対化かつパロディ化して描写する第一部、アフリカ・ケニアの奥地で日常生活に欠くことのできない「呪術」と、「ブッシュマン」に象徴されるようなステレオタイプのアフリカ観を見事に暴いてみせる第二部、兎にも角にも「どんだけ人が死ぬねん、それも惨い死に方で」とうんざりしながらも一気に読ませてしまう第三部に分かれているが、それぞれが独立した読み物として成立しているのがまずすごい。そして、莫大な情報量が詰め込まれているにも関わらず、何の引っかかりもなくするすると読み進んでしまえる、らもさんの筆力に圧倒されっぱなしである。
 第一部で、主人公のアル中教授大生部の妻がころりと騙された新興宗教の教祖が、中途半端な伏線を張ったままで放置プレイをかまされていることや、主人公たちが様々な危機を乗り越える課程が少々ご都合にすぎるきらいはあるものの、それを補ってあまりあるエンターテインメント性がここぞとばかりに漲っている。そして、当然のことながらアル中教授の言動や行動の描写が秀逸であり、また、へっぽこキャラなのかと思わせておいて実は……という持っていき方も巧い。

 呪詛、呪いについて、特に体系的なことは専門家の意見を拝聴するにかぎるが、私たちが日常生活を送るうえで「言霊信仰」とまではいかなくても、口汚い罵りの言葉を相手に吐きかけてしまったり、負の感情ばかりを裡に貯め込んでいると身体に異常をきたしてしまう、なんてことがよく見受けられる。「呪い」は、人間のとって最も原始的かつ基本的な感情の発露から生じる、「人を人たらしめているシステム」のひとつなのだ。
 そんな「呪い」を「読む娯楽」へと収斂させた中島らもに、「呪い」と対になる「言祝ぎ」を送ろう。

 らもさん、素敵な物語を紡いでくれてありがとう、と。
| つれづれ本読み。 | 18:38 | comments(8) | trackbacks(1) |
ひとりでいても複数形、性別なんてないけれど。
プロト君その1。


 またしても攻殻S.A.C. 2nd GIGネタ。
 15話でタチコマのメンテをしていた「エルフさん@指輪物語ですか?」とツッコミ入れたくなるほどの美形ちゃん。新キャラなのかと思って観ていたら、タチコマたちが「プロト君」と呼んでいたよ。プロト君って、「攻殻機動隊1.5」【amazon】に出てきた新米クンやんか。士郎漫画のプロトは外見は美形だけど(超絶美形と云いたいところだが、超絶美形は「BASTARD!!」【amazon】のダーク・シュナイダー専用形容詞だと思っているので)中身は体育会系の天然ちゃんだったのに、S.A.Cプロトは、外見と中身のギャップがないクールビューティ系ではないかいな。

プロト君その2。

 ますますもって、エルフの人だ。>エルフは人じゃないって。

プロト君その3。


 15話自体は、「タチコマお父さんに会う」がメインなんだけど、情報を並列化させているのに着々と個性を獲得しているタチコマたちが、「精神と肉体が乖離しているように感じるんだよねえ」などとチカゴロ感じはじめたらしい「第三の主体」について井戸端会議をしていたら、なんのこたあない機体からAIが抜かれた「脳なし状態」になっていて、衛星に置かれたハブ電脳を介して、情報をネットワーク化されていたってオチ。電脳世界的には実に正しい情報の並列化手段だ。
 「第三の主体」は、その後に展開される「口を動かしてしゃべらないイケメン強化義体を持つクゼ」(やっぱりクゼは、少佐の初恋の男の子なのかなあ。どへー)の謎への伏線なんだろう。しかし、タチコマ役の玉川紗己子は巧いなあ。タチコマたちを見事演じわけている彼女の技倆あってこそ「ボクたちってもしかしてアコガレのゴーストが獲得できるの?できるかもぉ〜!」というタチコマが存在しているのである。原作のフチコマとはちがう思考戦車を超えたキャラの立ち具合だけは、S.A.C.を高評価してもいいんじゃないかと思う私だ。

 S.A.C.及びイノセンスについては、内田善美の「草迷宮・草空間」「星の時計のLiddell」【amazon】との共通点を交えて語ってみたいんだが、とりあえずイノセンスのDVDが出てからでも遅くないかな、と。
| つれづれTVドラマ観。 | 01:26 | comments(29) | trackbacks(0) |
デイトナと仁清と天切り松と。
サイトー@攻殻の腕で光るデイトナ。


 祝、JUGEM復活、ということで、ひさしぶりの更新。

「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」の14話は、サイトーがポーカーをしながら、少佐とのファーストコンタクトかつタイマンスナイピングについて語る話だが、その昔話の中で、サイトーが狙撃のタイミングを計るのに使ったのは、ロレックスのクロノグラフ、デイトナだった。ロレックスに少々詳しい世帯主に云わせると、サイトーのデイトナは2004年の現行モデルで、プレミアがついたアンティークではないとのこと。演出だか原画マンだか誰だかわからないが、自前のデイトナを見ながら作画したのかな。
 デイトナの相場はどのくらいなのかと思い、ちょいと検索してみれば、現行モデルで130万円台。世帯主が指を銜えてほしがっている1960〜1970年代初頭のアンティークが200万円台、超プレミアと云われるポール・ニューマンモデルにいたっては、500万円以上の値がついて取引されている。で、このポール・ニューマンモデル、多くのオークションサイトで出品されているのを見かけるが、いかにも「パチモノ」な値で取引されているものは措くとして、100万そこそこの中途半端な値で出品されているものは、まず「ニセモノ」と疑ってまちがいないようだ。それほど本物は希少らしい。それを聞いたとき、

「それって『開運! なんでも鑑定団』野々村仁清の本物が出てきたためしがないのといっしょかいな」

 と妙な納得をしてしまった。得てしてアンティークの世界というのは、奇々怪々だ。


 野々村仁清で思い出した。
 7/30に浅田次郎原作「天切り松闇がたり」のドラマがオンエアされる。中村勘九郎が原作を読んで泣いて泣いて惚れ込んで、今回のドラマ化にいたったとのことらしい。勘九郎の闇がたりが聞けるとなれば、テレビの前で襟を正し、正座して観ねばならない。また、ドラマのために浅田次郎が話を1本書き下ろしたり、キャストがごっつ豪華だったり、勘九郎のみならず制作スタッフの意気込みをひしと感じるから、よけいに観る方も気合いが入る。
 で、そのドラマで描かれる話は3本。そのうちの1本は、勘九郎演じる、伝説の大泥棒天切り松の子ども時分、天切りの極意を伝術してくれた兄貴分の栄治@椎名桔平の話だ。複雑な生い立ちゆえに「黄不動の栄治」の渾名で呼ばれるまでの夜盗となった栄治が、その出生のいざこざで己の意地を通さんがために、加賀百万石の前田邸から盗んだのが、野々村仁清の雉子香炉だった。――これは原作の1巻に出てくる「百万石の甍」を、そのまま取材した話のようだ。私はシリーズ中、この話が一番好きで、一番泣いた。何度も読んでいるのに、読むたびに泣いてしまう。どれどれ、そんないい話なのかといざ読んでみれば、こりゃ濃密すぎるし息がつまる、と敬遠してしまう人がいるかもしれないが、この話で描かれる「親子の絆」は、じんわりと心の奥に染みいってくる。そして、これだけはゆずれないという意地があり、その意地を貫くためには、どれほどの犠牲と強い意志と、他人への慈愛が必要なのか……とつくづく考えさせられる。
 ドラマを観て、そのせつなさと恰好よさの虜になってしまったら、悪いこたぁ云わねえ。「天切り松闇がたり」【amazon】を買って読んでみなせえ。


 翻って。
 ロレックスの話だが、今までロレックスと聞けば「きんきらきんの金無垢でダイアモンドがきらきらした、センスのない成金趣味のオッサンがとりあえずはめてみている高価な時計」というイメージしかなかったのだが、デイトナやサブマリーナなどといったスポーツタイプのシンプルなデザインを見て、「あ、これなら抵抗ないかも」と偏見が払拭された。私は女にしては、すごく手が大きくごついので、レディスの時計をするとなんだか収まりが悪いというか、時計が貧弱に見えてしまう。あるとき、世帯主が持っている黒いサブマリーナをつけさせてもらったら、ぜんぜん違和感がない。ほしいなあと思ったが、おいそれと買える代物ではないので、世帯主がはめているのを、指を銜えて眺めているだけだ。
 自動巻きの時計のリューズをゆるめて、時刻と日付をあわせ、少し戻してネジを巻く。その感触はなんとも云えず心地よい。それが、名工たちの手による精巧なムーブメントならなおさら、その心地よさは愚鈍な小市民である私にはもったいないんだろうなあ。
 それに、そんな高価な時計をぽやぽやつけて歩いてたら、おこん姐さんに「ゲンノマエ」で掏摸られちまう。まあ、山縣元帥の金マンみたいに、怖気がくるほど価値のあるもんじゃないけどね。
| つれづれよしなしごと。 | 03:38 | comments(22) | trackbacks(2) |
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これは観出したら最後まで観てしまうほどおもしろいです。「ガンダムSEED」の福田監督節が炸裂してます。
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